戦争体験絵とベララベラ島漂流記・第二編太平洋戦・第六章ベララベラ島脱出とその後

第五章　ベララベラ島脱出とその後　－１

１　救助艇が到着

ここの地名などは私たち下級兵には分かる由もなく、ベララベラ島の西海岸の中腹付近とだけ思っていた。２００名余りの漂流兵士たちは、すでにここを通過した者と大勢の未着の者がいた。広く密林内を分散して、自由に途を求めて密林の行軍を続けていた。伝令、斥候などは行われなかったが、第四駆逐艦隊司令杉浦大佐を中心に状況判断をしながら行動をとっていた。

汚れた土間小屋の夜が明けると、私は早々に野生の食料を探しに出かけていた。そのとき、誰かが私に救助艇が到着したと伝えてくれた。すでに救助は当てにならないと思っていたので、これは夢かと実に驚いた。早速戻って見ると、カヌーで到着した２人の伝令が連絡を持って来ていた。昨夜、艦載水雷艇（水雷を主兵装とする小軍艦）１隻と大発艇２隻が、成吉小隊の近くに到着して偽装隠蔽（いんぺい）してあり、今夕にここから回航したいとの伝令であった。

杉浦司令のそばにいた馬越艦長が指揮をとり、この伝令に対し「本日夕暮れ、救助艇３隻はここを回航せよ、目標としてここにたき火をする。案内員として「萩風」掌砲長以下３名をこのカヌーで派遣する」と命令した。２人の伝令到着から、杉浦司令および馬越艦長の権限は強大なものになった。我先に生き残る行動に走った者も、がぜん元の軍人によみがえった。この命に従って、カヌーは案内の３人を乗せ引き返していた。漂流兵士たちは安全を祈った。

この後も、後続の漂流兵士たちが次々と到着し木陰にひそんでいた。２００機と見る上空の敵機の警戒が激しく、人員点呼などできる状態ではなかった。しかし、馬越艦長はあらかじめ日中の明るいうちから乗艇する区分を決め、「萩風」乗員は艦載水雷艇、「嵐」、「江風」乗員は陸軍とともに大発艇の２隻に分乗と命令した。これを木陰から木陰へと大声で何回も伝達された。

２　待ち遠しい夕暮れ

本日の夕暮れに３隻の救助艇がここに到着することを確認した漂流兵士たちは、野生の食料探しなどの行動には注意を払うよう相互に申し合わせた。今日８月２４日がベララベラ島の最後の日になるようにと、誰もが今まで生き抜いた苦労を無駄にしたくなかった。上空の敵機に発見されたら最後で元も子もなくなってしまうのであった。米軍機２００機余りは同島全域上空を飛び回っていた。

救助艇３隻のかくし場所は、湾の対岸に望む成吉小隊の付近であるが、敵機はこれを発見したかのように何度も急降下をして、その度に私たちに冷や汗をかかせた。終日、このヒヤヒヤする危ない場面が続き、漂流兵士たちは木陰で掌を合わせて神に祈っていた。救助艇の安全を祈り続けて最も長く感じる１日であった。

夕やみがせまった頃、敵機は消えて上空は静かになった。しかし、その交代に敵魚雷艇の出番がやってきた。漂流兵士たちは、助かる明るい期待と救助艇を敵に発見されて撃沈されてしまうとの暗い不安が交錯してした。対岸の山々が海面上に黒々と現れた頃、密林にひそんでいた漂流兵士たちは続々と海岸に現れた。「萩風」艦長の馬越少佐は、たき火を燃やして成吉小隊に合図をした。それは同時に敵魚雷艇にも発見される恐れのある灯火でもあった。枯葉を少しずつ燃やしたが、炎は怖いほど明るく、燃やしている時間は見ている私たちにはすごく長く感じた。敵魚雷艇がこのたき火を発見して、今にも襲撃してくるのではとの不安に襲われた。

４　救助艇に乗り込む漂流兵士たち

馬越艦長の合図たき火は１０分か２０分間程度であった。その直後、小艇の救助艇３隻が目の前の海面に横たわった。私たちは毎夜現れる敵魚雷艇に遭遇しないことを神に祈った。救助艇は座礁を避けるため海岸から５０ｍほどの沖合いに停止していた。漂流兵士たちは一斉に海岸をスタートすると、われ先に海へ飛び込み指定された艇に全力で向った。浅瀬は駆け足、深いところは競泳であった。杉浦司令にも、馬越艦長にもかまっている者はいなかった。

私は得意の水泳で難なく艦載水雷艇に乗り込むと、前甲板の連装機関砲手が目に付いた。海面をにらむように警戒する２人の構えを見て、ここは激しい戦場であることを改めて知らされた。しっかり頼むぞと思った。全員が乗船するのに数分間を要したろうか、３隻の小艇は漂流兵２００名余りを収容して発進した。

このとき、陸軍兵士２名が溺死（できし：おぼれて死ぬ）していたことを後で耳にした。あの脱出時の状況では、誰も救助することができなかったのだろうと思った。ベララベラ島へ漂着するときはカッターに乗ってこぎついた兵士と思われ、泳ぎは下手な兵士であったのだろう、あとわずかなところで残念な命の落とし方であった。